こんにちは、にどねゆうきです。
我が家では最近、3歳の双子の娘に空前の「プリンセスブーム」が到来しています。 毎日のように『リトル・マーメイド』や『アナと雪の女王』がリビングで流れていて、もうセリフを覚えそうな勢いです。(一方、双子の息子はピクサーの『カーズ』に夢中で、家中をミニカーが走り回っています笑)
私自身も昔からディズニーが大好きで、中学生の頃にはウォルト・ディズニーの伝記で読書感想文を書いたほど。 そんな私が、大人になって改めて子供たちとディズニー映画を見返していると、ふと気になったんです。
「この名作たちって、一体どうやって生まれたんだろう?」
そこで、現在勉強中のAIツール(NotebookLMとディープリサーチ)を使って、ディズニーの歴史を深掘りしてみました。すると出てきたのは、夢と魔法の国とは思えないような、ギリギリの経営危機と復活のドラマでした。
今回は、パパ目線とビジネス目線で驚いた、ディズニー『第二黄金期』の知られざる5つの裏話をご紹介します。

1. まさかの事実!ディズニーはアニメ部門の「廃止」を検討していた
今でこそディズニー=アニメーションですが、1980年代のディズニーは深刻な低迷期にありました。
1966年に創業者ウォルト・ディズニーが亡くなった後、会社は羅針盤を失ってしまいます。さらに、『白雪姫』などの名作を支えた伝説のアニメーター集団「ナイン・オールドメン」も引退。ヒット作が出ず、スタジオはお通夜状態だったそうです。
当時の経営陣が真剣に検討していたのが、なんと「アニメーション部門の撤廃」。
これって、例えるなら「トヨタが自動車を作るのをやめる」と言っているようなものですよね。自社の魂である事業を捨てようとするほど、当時のディズニーは追い詰められていたんです。もしこの時、本当に撤退していたら、娘が大好きなアリエルもエルサも存在しなかったと思うとゾッとします…。
2. 「ウォルトならどうする?」を禁止した異端児たち

この絶体絶命のピンチを救ったのは、意外にも「ディズニーの素人」たちでした。 1984年に経営陣としてやってきたマイケル・アイズナーやジェフリー・カッツェンバーグたちは、アニメ制作の経験が全くありませんでした。
当時、社内には何かにつけて「ウォルトならどうする?(What would Walt do?)」と考える文化が根付いていたそうです。創業者へのリスペクトは大切ですが、それがいつしか「過去の成功体験への執着」という呪縛になっていたんですね。
新経営陣はこの呪縛を断ち切りました。 「僕らは自分達のやり方を見つけよう」
過去の模倣ではなく、現代に合わせた新しいディズニーを作る。この「異端」とも言える決断が、後の『リトル・マーメイド』や『美女と野獣』といった傑作を生む「ディズニー・ルネサンス」の幕開けとなったのです。
仕事でも育児でも、「昔はこうだった」に縛られずに「今はどうするか」を考える大切さを痛感させられます。
3. あの名曲『パート・オブ・ユア・ワールド』はカット寸前だった

『リトル・マーメイド』でアリエルが歌う名曲「パート・オブ・ユア・ワールド」。 娘も私も大好きなこの曲が、実はお蔵入り寸前だったというエピソードには驚きました。
理由はなんと、「試写会で子供がポップコーンをこぼしたから」。
完成間近の社内試写会で、ある子供がこの曲のシーンでポップコーンをこぼし、周りの子がそわそわしたそうです。それを見た当時の責任者カッツェンバーグは「子供が退屈している証拠だ!この歌はカットしろ!」と命じました。
しかし、現場のクリエイターたちは猛反発。「この曲はアリエルの『願い』を説明する一番大事な曲なんです!」と必死に食い下がり、なんとか首の皮一枚で残ることになりました。
結果は大ヒット。後にカッツェンバーグも「曲を削れなんて大間違いだった。あの歌なしのこの映画は考えられない」と認めています。 データや一部の反応だけで判断してはいけない、というビジネスの教訓ですね(笑)。
4. 悪役アースラの足が6本なのは「予算削減」のため

引き続き『リトル・マーメイド』の話題ですが、海の魔女「アースラ」。 彼女はタコの姿をしていますが、よく見ると足が6本しかないのをご存知ですか?(タコなら8本ですよね)
「魔法で変えたのかな?」なんて思っていましたが、理由はもっと切実な「予算不足」でした。
当時のディズニーは経営難で予算がカツカツ。8本の足をなめらかに動かすアニメーションを作るにはお金と時間がかかりすぎるため、「2本減らして6本にしよう」という苦渋の決断が下されたそうです。
あの迫力あるアースラ誕生の裏に、そんな「大人の事情」があったとは…。次に娘と見るときは、アースラの足の本数に注目してしまいそうです。
5. あの「シンデレラ城ミステリーツアー」の魔王は、実は…
最後は、私たち30代〜40代には懐かしいお話です。 かつて東京ディズニーランドにあった人気アトラクション「シンデレラ城ミステリーツアー」を覚えていますか?
最後に「勇者」が剣で倒す、あの恐ろしい魔王「ホーンド・キング」。 実は彼、1985年公開の映画『コルドロン』の悪役なんです。
この『コルドロン』、本国アメリカでは「ディズニー史上最大の失敗作」と呼ばれるほど大コケした映画でした。ストーリーの粗さなどが酷評され、ディズニーの黒歴史とも言われています。(実際に作品を見たことがないので、見てみたいなとずっと思っています。ディズニー暗黒時代の作品って、見てみると良いことも多いので)
しかし日本では、映画の評価とは無関係に、アトラクションの「ラスボス」として大抜擢され、子供たちに強烈なトラウマと興奮を与えてくれました(私もその一人です)。 映画としては失敗しても、場所と見せ方を変えれば輝くことがある。なんだか勇気をもらえる話ですよね。
まとめ:危機があったからこそ、名作が生まれた
今回、AIを使ってディズニーの歴史を深掘りしてみて、改めて感じたこと。 それは、私たちが今楽しんでいる名作の数々は、「順風満帆な環境」ではなく、「崖っぷちの危機」から生まれたということです。
- アニメ撤退の危機
- 伝統の破壊
- 予算の制約
こうしたプレッシャーがあったからこそ、クリエイターたちの魂が燃え上がり、時代を超える作品が生まれたのかもしれません。
サバティカル休暇中で、これからのキャリアや育児について考えることも多い今の私にとって、このディズニーの復活劇はとても刺激になりました。
今夜は娘と一緒に『リトル・マーメイド』を観ようと思います。アースラの足を数えながら。
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